「天晴」塾~大学受験国語~

難関大学を中心に国語の入試問題を解説します。

2021年度京都大学国語 文系第二問 石川淳「すだれ越し」

★本文展開図
①    一人の少女が直撃弾に討たれて路上に死んだ
        ↑
  さういふ死体は、いくさのあひだ、至るところにころがってゐた
        ↓
  (1)後日の語りぐさになるやうなことではない
        ↓(しかし)
     わたしはこの小さい事件をおぼえてゐる
        ↓(といふのは)
   私の住むアパートの隣室に少女も一人で住んでいた
      少女の倒れたところは、わたしの室の窓からすだれ越しに見える舗道の上
  ↓(さういっても)
② 少女と口をきくどころか、顔すらろくに見たことがなかった

  ただ壁を隔てて声を聞いただけ
      ↓
  少女の歌う声・・・
    歌ふ声に沿ってうとうとと目をさますといふたのしい習慣
    音色が青春を告げてゐた
    私の束の間の安息
    カナリヤの籠
    ↓(しかし)
    (2)あはれなカナリヤもまた雷にうたれた
        ↓
     少女の死体はすでにどこかにはこばれて/昭和二十年四月某日の夜
   ↓
③ アパートで少女のうはさが尾を曳いた
        ↓(しかし)
     わたしにとっては解釈もうはさも不要  
     ↓(ただ)
     朝の軒先にカナリヤのうしなはれたことが不吉の前兆 →ぢきに忘れた
    ↓(おもへば)
  (3)わたしは当時すべての見るもの聞くものとすだれ越しの交渉しかもたないや

     うであった
      ↓
  一枚の朽ちたすだれ

   ・・・四季を通じて、暗雲にも風雨にも、時間に堪へつづけてゐた
         →すだれは戦時における筆者の戦時中のやり過ごし方の象徴 
  ↓ 
④ 昭和二十年五月 友人Aが来訪して饗宴
        ↓
  Aの辞去後、空襲警報のサイレン・・・山の手大空襲
    ↓
  東京の町すべてが焼けおちた
    ↓
  筆者の自宅アパートもすべて焼けおちた
 ↓
⑤ 翌日、Aが焼跡を見舞う
    ↓
  筆者所蔵の古本の山もぞっくり灰となる
    ↓
  その中に古今集の一ひらだけが焼けのこった 
    ↓(合理主義の常識からすれば)
  (4)これははなしができすぎてゐて、ウソのやうにしかおもはれないだらう 
        ↓(しかし)
     Aがウソをつくとはおもはれない
        ↓
     人生の真実のために、このはなしはウソではないと信じておかなくてはならぬ
  ↓
⑥ 十年を経た今日
     窓にすだれがぶらさがってゐる室に住んだことがない
    ↓(またその当時)
  毎日すだれを意識しながらくらしていたわけでもない
  ↓ (戦争の翌年の春、そのことに気がついた)
⑦ 旅に出た
  座敷にすだれがさがってゐた  
       →うち捨てられたままのふぜい/風をさへぎってうったうしくおもはれた
      ↓
  あたかもわたしの室の焼けたすだれがここに移されてきたやう
      ↓(そのとき)
  すだれの向うに花(=藤)の色のただよふのが目にしみた
  ↓
⑧ 窓の下と見えた藤棚はおもつたよりも高く
  手をのばすと…それ(=藤の房)までにはとどかなかつた
  ↓
⑨ (5)わたしが花を垣間見るのはいつもすだれ越しであり、そしていつもそこには  

     手がとどかないやうな廻合わせになってゐるらしい
        →自分は望むものに手が届かない定めであることを暗示

 

★設問解説

問一 傍線部(1)のように筆者が言うのはなぜか、説明せよ。(2行)
*理由説明問題。傍線部の前の部分から「戦時中では人の死がありふれたものとして経

 験されるから」(=X)と導ける。
 だがこれだけが要素ではない。
〈解答への道筋・思考のプロセス〉
◆傍線部の後の部分
①段「しかし、わたしはこの小さい事件をおぼえてゐる」
と続くことに注意する。

「この小さい事件」も「戦時中の人の死」に含まれるのだが、これについては
①段「後日の語りぐさ」になるのである。
   ↓なぜか。
①段「少女もまたおなじ屋根の下の、となりの室に、これも一人で住んでゐた」
   ・・・「後日の語りぐさ」になる条件(A)
      ↓
◆彼女との交流は「すだれ越し」ではあるものの、筆者に特別な気持ちを抱かせるものだったことが推察できる
   ・・・「後日の語りぐさ」になる条件(B)。
      ↓
◆「この小さい事件」を「後日の語りぐさ」とした条件(A)(B)を取り除き、「語りぐさ」にならない条件
 =(X)+not(A)(B)を構成する必要がある。
      ↓そうすると
*解答は、「戦時中における(X)+「not(A)(B)」となり
 →人の死は日常のありふれたものとして(X)、記憶の中で消化される(notA・

  B)から」と一般化する。
 これで傍線部「後日の語りぐさになるやうなことはない」に着地させることができる。
*解答欄は2行なので、1行25字程度として50字程度に圧縮し、表現を整えて解答する。

 <解答例〉
  戦時中における、しかも直接体験されない人の死は、日常のありふれたものとして記憶の中で消化されるから。(49字)

 

*参考:大手各社の模範解答例
〈S校〉(51字)
 少女が直撃弾にうたれ路上で死んだことなど、戦時の空襲後にどこにでもあるありふれた出来事だと思われるから。
〈K校〉(54字)
 空襲の直撃弾で死ぬといったことは、戦争末期の現実を生きる人々にとっては、取るに足らない些事でしかなかったから。
〈T校〉(50字)
 空襲による一人の少女の死など、戦時下という異常な状況においてはありふれた出来事と言うほかなかったから。
〈K社〉(55字)
 少女が直撃弾にうたれて死んだことは、戦争中、空襲後に至る所で生じたありふれた出来事の一つに過ぎないだろうから。 
 
問二 傍線部(2)はどういうことか、説明せよ。(3行)
*内容説明問題。「あはれなカナリヤ(A)/もまた(B)/雷にうたれた(C)」と

 分けてそれぞれの要素が意味するところを説明する。
カナリア」が少女のことであるのは明らかなので、一般化して解答する。
〈解答への道筋・思考のプロセス〉
(A)=隣室の少女のこと
    ↑
②段「(空襲警報のない日は)少女の歌ふ声に依つてうとうと目を覚ますといふたのしい

   習慣をあたへられた」
    ↑ (その音色は)
  「青春を告げてゐた」
 ↓
◆以上を「自らの青春を歌い/筆者に束の間の安息をもたらした

 +「はかない(あはれな)存在」とまとめる。
◆(B)については前問を踏まえ、「誰にも死が日常としてある戦火の中で(Aも)」

 とする。
◆(C)については、彼女が「直撃弾にうたれて路上に死んだ」(①段落)ことだが、 

 「雷」という比喩の効果を一般化して「災いが降りかかるように」「あえなく命を落

 とした」とまとめる。
*解答欄は3行なので、1行25字程度として75字程度に圧縮し、表現を整えて解答する。

 <解答例 〉(76字)
  誰にも死が日常としてある戦火の中で、自らの青春を歌い、筆者に束の間の安息をもたらしたはかない存在も、災いが降りかかるようにあえなく命を落としたということ。

 

*参考:大手各社の模範解答例
〈S校〉(79字)
 筆者は、隣の室の少女が歌う若い声で目覚めるという楽しい習慣を持っていたが、戦火におびえる日常に束の間の安息 をもたらした可憐な少女も空襲で犠牲になったということ。
〈K校〉(75字)
 隣部屋の少女が青春を思わせる声音で歌うシャンソンで目をさますのが「わたし」の安らぎとなっていたが、突然その 少女が戦争の犠牲者となってしまったということ。
〈T校〉(73字)
 心地よいカナリアのさえずりのように、シャンソンの歌声で作者につかのまの安息を与えてくれた隣家の可憐な少女も、 空襲であっけなく命を落としたということ。
〈K社〉(83字)
 筆者は、隣室の少女が歌う若い声で目覚めるという楽しい習慣を持っていたが、戦火にさらされるに非常に偶然束の間 の安息をもたらした可憐な少女も、空襲で犠牲になったということ。
 

問三 傍線部(3)はどういうことか、説明せよ。(4行)
*内容説明問題。現代文の学習で誤解の多い解法の一つに「傍線部の要素を本文の言葉

 に即して言い換える」というものがある。間違いではないが、大学入試は本文の言葉

 ですべて換言できるほど甘くはない。大学の採点者もそのような解答は期待していな

 い。
*「すだれ越しの交渉」とは比喩表現である。

 比喩表現が「何を」例えたものか明示されているとしたら、それは文学ではない。

 明示されない表現は、筆者の意図を推し量り、「自らの言葉で」適切に言い換えなけ

 ればならない。
〈解答への道筋・思考のプロセス〉
◆ 「すだれ越しの交渉」の内容を浮き彫りにする記述はその前後にある。
 12行目「たまたま私の束の間の安息のために」

 →筆者は隣室の少女の歌声に安息を得た
    ↓
 17行目「アパートでは当分少女のうはさが尾を曳いた

  ・・・さまざまの解釈が附せられた」
  ↓
 20行目「しかし、わたしにとっては、解釈はもとより、うはさも不要であった」

  →自分の主観のみを重視(A)
    ↓
 23行目「一枚の朽ちたすだれが

 ・・・四季を通じて、暗雲にも風雨にも、ともかく時間に堪へつづけてゐた」(B)
       ↑
 このすだれは戦時における筆者のあり方を象徴するもの=戦時中の過ごし方 
  ↓
◆以上から「すだれ越しの交渉」の意味するところは、
 一つは「筆者の間接的な人や状況への関わり方」という側面(=C)
 もう一つは(B)との関連で「自己の領域を保つものとしてのすだれ」

 言い換えれば
 「間接的な交渉にとどめることで、状況が筆者に過度な影響をもたらすことを防ぐ」 

 という側面(=D)
 という筆者の側面が浮かび上がってくる。
    ↓
◆(C)→(A)→(D)→(B)の順に解答をまとめると、
 (C)戦争当時の筆者は

    周囲の人物や状況と関わりを断たないまでも距離を置いて観察し
 (A)主観的な印象を持つにとどめ
 (D)深く踏み込んで自己に影響が及ぶことを周到に避けることで
 (B)戦禍をやり過ごそうとしていた
 とまとめることができる。
*解答欄は4行なので、1行25字程度として100字程度に圧縮し、表現を整えて解答す

 る。

 <解答例〉
  戦争当時の筆者は、周囲の人物や状況と関わりを断たないまでも距離を置いて観察し主観的な印象を持つにとどめ、深く踏み込んで自己に影響が及ぶことを周到に避けることで、戦禍をやり過ごそうとしていたということ。(100字)

*参考:大手各社の模範解答例
〈S校〉(104字)
 戦争中の筆者は、世間のうわさにも関心がなく、まだ戦火をこうむっていないというはかない現状を頼りにして外の世界を評するだけで、世間のなにものとも直接の関係を持とうとしなかったと、現在の筆者には思われるということ。
〈K校〉(98字)
 自分も含め、いつ誰が突然死ぬかもわからない戦争期において、時代状況や自然の変化に興味を抱かずにいた「わたし」は、意図したのではないにせよ、周囲の出来事から距離をとって生きていたと思われるということ。
〈T校〉(100字)
 誰にいつ死が訪れても不思議ではない戦時下の虚無的な状況の中で、作者は見聞きする全ての出来事を何かに隔てられた別世界の事のように自分から遠ざけ、推移する時間をただやり過ごすかのように生きていたということ。
〈K社〉(109字)
 戦時中の筆者は、うわさにも無関心で、不吉な前兆への不安もすぐ忘れ、戦火を免れている現状をはかなくも頼りにして外界を評するだけで、見聞する世間のすべての事象と直接関わらない傾向にあったと、現在の筆者には思われるということ。

 
問四 傍線部(4)のように筆者が言うのはなぜか、説明せよ。(4行)
*理由説明問題。傍線部を分解すると
 「これは」(X)
 「はなしができすぎてゐて」(Y)
   ↑(理由)
 「ウソのやうにしかおもはれない」(G)
*つまり、(Y)が(G)の理由となっている。
 ↓
*(X)と(Y)を具体的に説明し、そこからのつながりでほとんど(G)な(Z)を

 配すればよい(X→Y→Z→G)。
〈解答への道筋・思考のプロセス〉
◆ (X)は④段落後半から⑤段落傍線部前文までが根拠となる、
  34行目「東京の町のすべてが一夜に焼け落ちた」・・・山の手大空襲(a)
    ↓
  34行目「室内のすべて、アパートのすべて」

  ・・・筆者の自宅アパートもすべて焼けおちた(b)
    ↓
  39行目「あくる日・・・Aが・・・焼け跡を見舞ってくれた」

  ・・・翌日、Aが焼跡を見舞う(c)
    ↓
  42行目「わたしのもってゐた古本の山がそっくり灰になった」

  ・・・筆者所蔵の古本の山もぞっくり灰となる(d)
    ↓
  43行目「古今集の一ひらだけが焼け残った」

  ・・・その中に古今集の一ひらだけが焼けのこった(e)
  ↓
(X)=「(a)→(b)→(d)→(e)」により「はなしができすぎ」感(Y)

 は表現できる。
  翌日訪ねたAの話(c)は、「(Y)だけに(G)」と表現できる。
◆(Y)については解答要素がないので、(X)からのつながりを意識して

 「味わい深いだけに余計(G)だ」とする。
◆最後に(Z)については、傍線部の直前
 43行目「合理主義繁昌の常識から言えば(XはG)」を踏まえて、
 「(Aの話は)合理的に考えれば無理のある創作だと思えるから(G)」とつなげる。
*この程度の解答しか書けないのではないかと思う。

 受験生にとって難問だったと思う。
*解答欄は4行なので、1行25字程度として100字程度に圧縮し、表現を整えて解答す

 る。

 <解答例〉
  山の手大空襲で筆者の自宅が全て焼けおちた翌日、筆者所蔵の古本の山も灰と化したその中に、古今集の一ひらだけが焼け残ったというAの話は、味わい深いだけに余計、合理的に考えれば無理のある創作だと思えるから。(100字)

*参考:大手各社の模範解答例
〈S校〉(104字)
 現在の東京の町のすべてが焼け落ちた空襲の後、不思議にも昔のものである古本の古今集の紙片が筆者の部屋の焼跡に残っていたことは合理的に考えれば都合がよすぎて、人々にはにはかには信じてもらえないことだと思われるから。
〈K校〉(102字)
 東京全土を焼き尽くす大空襲で「わたし」のアパートも書物もすべて焼失したのに、蔵書の古今集から和歌を記した一枚の紙片だけが焼け残ったという友人の話は、物語めいた情緒に富んでいて、合理的な説明を超えているから。
〈T校〉(97字)
 作者の住んでいたアパートの焼け跡に古今集の一片が落ちていたという話には、陳腐で作為的な無常観に通じる悲哀が感じられ、空襲で猛火に襲われた場所にそんなものが残るとは、理屈からすれば信じられないから。
〈K社〉(105字)
 東京の町のすべてが焼け落ちた空襲の後、筆者の室の焼跡に、不思議にも古本の古今集の紙片が一枚だけ焼け残っていたことは合理的に考えれば都合がよすぎて作り事めいており、人びとにはにわかに信じてもらえないと思われるから。


問五 傍線部(5)はどういうことか、前年(昭和二十年)の「すだれ越しの交渉」を踏

   まえて説明せよ。(5行)
*内容説明問題。設問の指示は大きなヒントになる。
*「前年」の「すだれ越しの交渉」を踏まえて、とあるので、傍線部の筆者が感想を抱

 いた地点を「今」とする。
〈解答への道筋・思考のプロセス〉
「今、(X)であることからも」
 「前年、(Y)であったことからも」
 「(Z)である」
  ↓
 (X)と(Y)はともに「すだれ越しの交渉」の経験であり、

 傍線部前半「そして」の前の部分と対応する。
 (Z)は(X)と(Y)の経験から導かれる筆者の自己認識であるので、

 傍線部後半「そして」以下の意味するところを明確に示す。
◆類比や対比の場合は二項(X)(Y)を比較しながらバランスよくまとめることが必

 要である。

 傍線部の前段⑦⑧段落から先に(X)の見当をつけて、それに(Y)を合わせる。
   ↓
◆(X)の要素としては、
 57行目「すだれの向うに花(=藤)の色のただよふのが目にしみた」(a)
 60行目「藤棚はおもつたよりも高く」(b)
    「手をのばすと…それ(=藤の房)までにはとどかなかつた」(c)
 が拾える。
  ↓
◆これを簡潔に言い直すと
 「すだれ越しに見えた藤の房に」(a)
 「直接手を伸ばし(c)」
 「意外な高さにより」(b)
 「手が届かなかった」(c)」 ・・・(X)とまとめる。
◆(Y)については②段落を参考に、(X)と対応させる形で構成する。
 「壁越しに心慰める歌声を聞かせてくれた少女と」(a)
 「戦時という状況下で」(b)
 「直接の関係を築けなかった」(c)・・・(Y)とまとめる。
    ↓
◆以上を踏まえ、(Z)については、(Y)の少女も「花=手を伸ばして望むもの」と

 例えられていることに留意して、
 「(X)からも(Y)からも、自分は望むものに手が届かない定め(=「廻合せ」)

 にあるのではないかということ」
 とまとめることができる。

 筆者は少女の姿を見ることを意識的に避けていたわけではないので、問三の解答と矛盾することはない。
*解答欄は5行なので、1行25字程度として125字程度に圧縮し、表現を整えて解答す

 る。

 <解答例 〉
  今、すだれ越しに見えた藤の房に直接手を伸ばし意外な高さにより届かなかったことからも、前年、壁越しに心慰める 歌声を聞かせてくれた隣室の少女と戦時という状況下で直接の関係を築けなかったことからも、自分は望むものに届かない定めにあるのではないかということ。(125字)

*参考:大手各社の模範解答例
〈S校〉(128字)
 筆者は旅先ですだれ越しに盛りの藤の花を見たが、藤棚は高く、触ることもできなかった。前年には、隣の室の若い少女が空襲で亡くなり、顔を合わせぬままになってしまったこもを思い、筆者は、自分は盛りの美しさには直接関われない運命にあるようで切なく思っているということ。
〈K校〉(127字)
 可憐な少女の死が示すような戦時の陰鬱な現実に対して、斜に構えて距離を置いていた自分と、戦後に旅先で見たすだれ越しの藤の花に魅了されつつ、その花を手に取ってみることはかなわない自分を重ね合わせ、自嘲の念とともに、自らの運命のようなものを感じているということ。
〈T校〉(126字)
 作者は戦時中の異常な状況下においては物事から距離を置こうとしていたが、戦争が終わって平穏な状況が回復しても、自分の求める価値あるものから何かに隔てられているように感じ、結局は自分はそのように生きるしかない運命なのかという一種の諦観に至り着いたということ。
〈K社〉(126字)
 旅先で花の色に惹かれた藤の花には手を伸ばしても届かず、前年には若々しい歌声の音色に惹かれた少女も顔も見ないままに亡くなった。そうしてみると、自分は常に心惹かれるものとは間接的にしか関われず、直接的な関係を持ち得ない運命にあるようであり、それを筆者は切なく思うということ。