「天晴」塾~大学受験国語~

主に国立難関大学の国語の入試問題を解説します

2024年度東京大学国語 第4問 

2024年度 東京大学 国語第四問(文科専用)20点 解答解説

◆本文展開図(マッピング
第1意味段落(①~②) 
①    大学三年の夏
  日本語を母語としているのに、フランス文学を研究する理由

     ・・・うまく答えられなかった
   ↓
    重要な問い=時間をかけて向き合うべき宿題

② たしかに外国文学を学ぶということは奇妙なこと
   ↓
  遠い国の言葉をわざわざ習得してものを読み、書こうとする
     難解な構文をどう訳すか手を焼く
     辞書を引きながら拙いフランス語で何とか表現しようとして言葉に詰まる
       ↓
     じかに触れたいものにガラス越しにしか接近できないようなもどかしさ
        ↓(少しずつ言葉を覚えるにつれて)
 (ア)ガラスは薄くなっていくが、障壁(A)がなくなる日は決して来ない 

 

第2意味段落(③~⑤) 
 ↓(しかし)
③ ガラスの壁・・・
  障壁(=A)になっているだけでなく、世界を見る新しい方法(=B)を教えてく 

  れる
     外国語を学ぶこと・・・(イ)世界の見方が変容する経験(=B)を伴う
        ↓
  (例)「クリエール」という言葉を知る
 ↓
④ 母語でないテクストを読むときの「遅さ」それ自体・・・
  欠点(A)だけでなく意義(B)もある
       ↓
  ひとつずつ言葉を手繰りながら舐めるように繰り返し読む中でしか現れてこない文

  章の表情
 ↓(ひるがえって)
⑤ 外国語のフィルターを通す・・・母語で書かれた文学作品の輪郭がより鮮明に見えて

  くる(B2)
      ↓
    今まで何度も読んできた短編小説が、不意にひとつのすばらしく精巧な構造として立

 ち上がってきた
 作家が全ての単語を無駄なく有機的に絡み合わせ、クライマックスに向けて文章を盛

 り上げていくその手つき→二つの言語を往還した結果

 

第3意味段落(⑥~⑦)
⑥ 母語でない言語・・・「もうひとりの自分」を発見させてくれる(B3)
     フランス語でひとりごと・・・抱えていたさまざまな悩みごと
   ↓
  原因や解決法をぼんやり思案
   ↓(ふと)  
    (ウ)「本当の答え」が口から飛び出てくる(B3)
      ↓
    愚かさ/欠点/心の柔らかな未熟な部分・・・直視に耐えない自分の瑕疵
   ↓
    外国語という「ガラスの壁」を通すことで検閲と抵抗をくぐり抜けて言葉になる
      ↓
 「借り物」の言葉こそが、心の奥ふかくに秘匿されている自己を無惨なまでにあら

 わにする

⑦ クレリエール・・・「追憶の間隙」
   ↓
  ふと口をついて出た独言が剥き出しにする「もうひとりの自分」(B3)

  =ひとつのクレリエール
       ↓
    意識と無意識の間隙に明滅し、母語という手綱が手放されたときだけ束の間浮かび上

 がる心の「空き地」
   ↓
(エ)そのようなほの暗い場所を自分のうちに見出し、認めるのは、不思議と静かな慰

   めを与えてくれる経験でもある

 

◆設問解説・・・解答例はずべて「この程度書ければ充分」というレベルのものです。
*本文は、外国語を学ぶことで世界や自己の見え方が変わることを述べたエッセイであ

 る。筆者はフランス文学者であり歌人。 

*文学者や芸術家の随筆が使用される傾向は例年どおり。文章は平易だが、問われてい

 ることを的確な言葉で説明するのが難しく、解答に手間取ったものと思われる。

(一)「ガラスは薄くなっていくが、障壁がなくなる日は決して来ない」(傍線部ア)

   とはどういうことか、説明せよ。(5点)
*第1意味段落(1~2段落)における説明問題。
*外国語に関しては、いくら習熟しても母語に対するように接することは可能にならな

 いことを、傍線部の表現に即して説明 する。
*ほぼ第②段落が解答要素だが、傍線部の比喩を一般化して解答する。
◆話題(前提条件)
 外国文学を学ぶということ(1)
 それにともなう外国語の習得(2)
      →じかに触れたいものにガラス越しにしか接近できないようなもどかしさ
        =手を焼く/言葉に詰まる
◆傍線部の理解
 「ガラスは薄くなっていく」
   ・・・外国語に習熟する(2)/外国文学への理解が深まる(1)・・・解答要素(X)
  「障壁がなくなる日は決して来ない」・・・  ④段落
  「言葉の端々に宿る微細な意味の揺らぎやズレを感知する」ことはできない(2)

 「ひとつずつ言葉を手繰りながら舐めるように繰り返し読む中でしか現れてこない文章の表情」を完璧に理解することはできない(1)
       ↓
 言葉の微細な意味を感知したり(1)、文学作品の文章の表情を完璧に理解するまで

  には至らない(2)・・・解答要素(Y)
  ↓
*(X)(Y)をまとめる。(1)(2)の二つの要素が必要。
★外国語に習熟することで文学作品への理解は深まっていくが、言葉の微細な意味を感

 知したり文学作品の文章の表情を完璧に理解するまでには至らないということ。(72

 字)
  ↓
*表現を整え、1行30字程度で書くことを勘案し、60字程度に圧縮する。この程度の解

 答でよいだろう。

  〈解答例〉
   外国語に習熟することで文学作品への理解は深まるが、言葉の微細な意味を感知したり文章の表現を完璧に理解するまでには至らないということ。(65字)

*参考:大手予備校の解答例
〈S校〉
 外国語に習熟することで文学作品の理解は深まるが、言葉が持つ微妙な感触まで理解できているという実感は得られないということ。(59字)
〈K校〉
 外国語で文学作品を読み表現する際に生じる違和感は、外国語に習熟するにつれ縮小するが、母語で書かれた文学に接する時のような自然さには達し得ないということ。(75字)
〈T校〉
 外国語で読み、表現する際の対象を捉え切れていないという感覚は、学習につれて弱まりはするが、母語による齟齬なき対象理解とはいつまでも異なるということ。(77字)


(二)「世界の見方が変容する経験」(傍線部イ)トはどういうことか、本文に即して

   具体的に説明せよ。(5点)
*第2意味段落(3~5段落)における説明問題。
*「本文に即して具体的に」というのは、「世界の見方が変容」するさまを、外国語学

 習に即して解答せよ、ということ。
*第③段落の「クレリエール」の話題をどこまで抽象化して解答に盛り込むかが難し

 い。

③「クレリエールという言葉を知る」
 「ただの「ひらけた土地」でしかなかった場所」
       ↓
 「木々の葉を透かして空き地を照らす陽光のまばゆさと結びつく」
     ↓
★新しい外国語を知ることで、それまで平凡と思っていた場所が魅力ある風景として新

 たに認識される・・・解答要素(X)

④「母語でないテクストを読むとき・・・欠点だけでなく意義もある」
 「ひとつずつ言葉を手繰りながら舐めるように繰り返し読む中でしか現れてこない文

 章の表情」
⑤「外国語のフィルターを通すことで母語で書かれた文学作品の輪郭がより鮮明に見え

 てくる」
  「今まで何度も読んできた短編小説が、不意にひとつのすばらしく精巧な構造として

 立ち上がってきた」
      ↓
★外国語を学ぶことで、それまで読んできた母語で書かれた文学作品に新たな視点や感

 覚が得られる・・・解答要素(Y )
*(X)(Y)をまとめる。
★新しい外国語を知ることで、平凡だった場所が新鮮な風景として認識されるように、

 外国語の習得によって、母語で書かれた文学作品に新たな視点や感覚が得られるこ

 と。(76字)
  ↓
*表現を整え、1行30字程度で書くことを勘案し、60字程度に圧縮する。

  〈解答例〉
   外国語を知ることで、平凡な場所を新鮮な風景として再認識するように、外国語の習得で日本の文学作品に新たな視点や感覚が得られること。(63字)

*参考:大手予備校の解答例
〈S校〉
 母語と異なる背景や成り立ちを持つ外国語を知り、それを通して事物を認識することで、世界が未知の様相で立ち現れてくること。(58字)
〈K校〉
 クレリエールという語を知ったことで、ただの空き地が木漏れ日のまばゆさと結びついたように、外国語の習得により新たな視点や感覚が得られるということ。(71字)
〈T校〉
 未知の意味を含意する外国語で表現されることを知った、既知の対象の認識が改められるように、外国語を通じて新たな相貌を見せた世界と新たな関係を拓くこと。(73字)


(三)「『本当の答え』が口から飛び出てくる」(傍線部ウ)とはどういうことか、説

   明せよ。(5点)
*第3意味段落(6段落)。傍線部内容説明問題。
*「悩みごと」について「外国語」で考えると、自身の瑕疵などが「検閲と抵抗をくぐ

 り抜けて言葉になる」、という内容を説明する。
*「本当の答え」とは、解決策のことではなく、「心のもっとも奥ふかくに秘匿されて

 いる自己」のことである。
*「口から飛び出てくる」という表現から、「思わず」「図らずも」等の表現で着地す

 る。
⑥「フランス語でひとりごと」・・・  「悩みごと」
 ↓
 「原因や解決法をぼんやり思案」
    ↓(ふと)
 「「本当の答え」が口から飛び出てくる」←(図らずも)
    ↓
 「愚かさ/欠点/心の柔らかな未熟な部分/直視に耐えない自分の瑕疵(=欠点)」
    ↓
  「外国語という「ガラスの壁」を通すことで検閲と抵抗をくぐり抜けて言葉になる」
 「借り物」の言葉こそが、心の奥ふかくに秘匿されている自己を無惨なまでにあらわに

 する
   ↓
 傍線部周辺をまとめると、
★普段は意識下に秘匿されている、自己の悩みや直視できない瑕疵について、外国語を

 用いることで何の抵抗もなく思わず言 葉として出てきてしまうということ。(71

 字)
  ↓
*表現を整え、1行30字程度で書くことを勘案し、60字程度に圧縮する。この程度の解

 答でよい。

  〈解答例〉
   普段は意識下に秘匿されている、自己の醜悪なものが、外国語を用いることで図らずも何の抵抗もなく言葉として出てきてしまうということ。(63字)

*参考:大手予備校の解答例
〈S校〉
 自らと密着した母語のもとでは秘匿し得ていた弱みが、自分と隔たりのある外国語を通すと図らずも言葉になってしまうということ。(59字)
〈K校〉
 よそよそしい外国語を用いるからこそ、自分が抱えていたさまざまな悩みにつながる、意識化に隠されていた醜悪なものが、図らずも言語化されてしまうということ。(74字)
〈T校〉
 厳密な思考を通じて対象の表現を図る(対象を客観化する)外国語を用いるから、心奥に隠された弱き、醜き自己が言語化されて露呈し、苦悩の真の原因や解決法が得られるということ。(73字)


(四)「そのようなほの暗い場所を自分のうちに見出し、認めるのは、不思議と静かな

   慰めを与えてくれる経験でもある」(傍線部エ)とあるが、それはなぜだと考え

   られるか、説明せよ。(5点)
*第4意味段落(10段落)と全体の趣旨を踏まえて、傍線部に至る展開を説明する。
*本来の自己と向き合うことの安らぎを説明する。
*「静かな慰め」につては本文に直接述べられていないので、筆者の言おうとしている

 ことを自分で推測して説明する。
◆「そのようなほの暗い場所」
      ↓
⑦「意識と無意識の間隙に明滅し、母語という手綱が手放されたときだけ束の間浮かび

 上がる心の「空き地」」
    =外国語を通して獲得される、普段は意識下に秘匿されている、自己の未熟さや瑕疵

  と向き合うこと  ・・・解答要素(X)
      (晴れやかではないので、「ほの暗い」と表現している)
◆「静かな慰め」に相当する本文記述・・・(+)の部分
③「ガラスの壁~世界を見る新しい方法(=「もうひとりの自分」)を教えてくれる」
④「母語でないテクストを読むときの「遅さ」~欠点だけでなく意義もある」
⑥「母語でない言語は、「もうひとりの自分」を発見させてくれる」
⑦「「もうひとりの自分」も、おそらくひとつのクレリエール」
 「意識と無意識の間隙に明滅し、母語という手綱が手放されたときだけ束の間浮かび

 上がる心の「空き地」」
   ↓
★外国語を学ぶことによって、「もうひとりの自分」を見出すことができ、それが心の

 安らぎにつながる ・・・解答要素(Y)
   ↓
*(X)(Y)をまとめる。1行30字程度で書くことを勘案し、60字程度に圧縮する。

 この程度の解答でよいと思われる。

  〈解答例〉
   外国語を通して、普段は心の奥にある醜悪さと向き合うことで自己を認めることが

 でき、晴れやかではないがそれが心の安らぎにつながるから。(64字)

*参考:大手予備校の解答例
〈S校〉
 外国語を介して無意識の世界に抑圧された自己の負の側面を意識することは、自己をありのままに受け入れる安らぎをもたらすから。(59字)
〈K校〉
 外国語を通して、抑圧された自己の欠点や未熟さに向き合うことは、晴れやかな経験ではないが、自分をまるごと受け入れることに通じ心の平安をもたらすから。(72字)
〈T校〉
 母語では明確に意識することができず、外国語を通じて漸く露呈した自分が愚かで醜かろうがやはり自分であり、漸く見失われていた自分を取り戻せたのだから。(72字)