「天晴」塾~大学受験国語~

主に国立難関大学の国語の入試問題を解説します

2024年度 東京大学国語第1問 解説

第一問(文理共通)40点 解答時間の目安:60分
◆本文展開図(マッピング
第1意味段落(①~③) 
①    タンザニアの行商人・・・2000年代末までは客との対面で値段交渉
②    行商人たちの悩み・・・貧しい得意客から頻繁に掛け売りを求められる
      ↓
  ツケの取り立てに苦労していた
  ↓
③ 行商人たちにとって掛け売りを認めることは、商売戦略上の合理性とも合致してい      

  (ア)
      ↓
  貧しい消費者・・・ツケを認めてくれる行商人を贔屓にする
  行商人・・・得意客の確保や維持につながる
  消費者・・・ツケの支払いのついでに新たな商品を購入してくれる可能性
       行商人・・・販売枚数を稼げば、仕入れ先の仲卸商人から仕入れの順番や価格交渉に  

       おいて優遇される
                ツケを緊急時に使用する「預金」/商売が不調の時に回収
 ↓(ただ)
第2意味段落(④~⑦)  
④ それはツケが返済されてこその戦略
    相手に支払う気ないとわかると、しばらく放置し、機会があったときに訪ねていく/ついには訪問をやめてしまう
  ↓(こうした事態が生じる原因)
⑤ 行商人が帳簿をつけない
  ↑(筆者)
    ツケを何ヶ月も放置する者に怒りもせず、不満も言わず、ただ許している態度が不思 議
 ↓(ただし)
⑥ 行商人・・・「ツケは返してもらう」/「今はその時ではない」/「相手の時間的な

       余地を奪うのは難しい」
  数年が経って信用の不履行が生じた負債
   ↑   
  行商人「まだ返してもらっていないだけだ」(イ)と言い張る

 ↓(これらの商人や客の言葉や態度から)
⑦ 行商人・・・商品やサービスの支払いを先延ばしにする取引契約である掛け売り
   =「市場交換」(A)と「贈与交換」(B)のセットで捉えている
      ↓(つまり)
  ツケ・・・商品やサービスの対価/支払うべき金銭的「負債」・・・返してもらう必要  

     =「市場交換」(A)

    客がツケを支払うまでの時間的猶予や機会・・・

  「贈与」したもの/取り上げるには特別な理由がいる 

  その機会をいつ返すかは与えられた側が決める  =「贈与交換」(B)

第3意味段落(⑧~⑨)
⑧ 支払期間を決めるのは借り手/借り手の主観に左右される期限

   ・・・貸し手に不利な契約
   ↓
    「支払い猶予を与える契約」
      =「代金支払いの契約」=「市場交換」(A)
        (分割して考える)
      「時間・機会の贈与交換」=「贈与交換」(B)
    ↓
    彼らの言動はつじつまが合う/商売の次元とは異なる次元で帳尻があっている
 ↓(実際には)
⑨ 客・・・ツケを払っても、行商人に「借り」をもつかのように語ったりふるまったり

     する
           ツケのお礼に自身の商売で行商人に掛け売りしてくれる
  行商人・・・自身の商売でツケが未払いな客に対し、儲かった日に掛け売りの代金を

       払う
     ↓(こうした事態)
  一つひとつの掛け売りの中に商品支払いと別に贈与交換(B)が含まれている
      ↓(そして)
    「商品代金の支払い」(A)は遂行されなくても「時間や機会の贈与」(B)に何らかの返礼が遂行される
      ↓                   
  商売の帳尻が合わなくても、生活全般の上では帳尻があっている(ウ)

第4意味段落(⑩)
⑩ 掛け売り・・・代金支払いの契約(A)と同時に「贈与交換」(B)を含むという了

              解
         ↓
  彼ら自身が交渉の過程において共同で生み出している
      ↓
    行商人・・・交渉において客の表情や言葉尻から相手の状況を察知/価格を上げ下げ
      ↓(このとき)
    行商人・・・「私は騙された(駆け引きに負けた)かもしれないが、それは相手を助け      

       たのかもしれない」
                 商売上では判断を誤った/事情を汲んでできる限りのことをした
 客・・・「私は騙した(駆け引きに勝った)かもしれないが、それは相手に助けてもら

       ったのかもしれない」
           うまくやったかもしれないが、事情を汲んでくれた
      = 余韻が残る
 ↓
  この余韻が商交渉の帳尻をあわせる失敗を時間や機会の贈与交換に回収させるステ

  ップになる(エ)
       ↓
  この交渉で実践されていること・・・市場取引の体裁(A)を維持しながら二者間の  

                   基盤的コミュニズム(B)を胚胎させること

 

 

◆設問解説・・・解答例はずべて「この程度書ければ充分」というレベルのものです。

(一)「行商人たちにとって掛け売りを認めることは、商売戦略上の合理性とも合致し

   ていた」(傍線部ア)とあるが、それはなぜか、説明せよ。(6点)
*第1意味段落(1~3段落)における理由説明問題。解答要素は第③段落の内容。こ

 こをまとめれば決着がつくので、受験 生は逆に平易すぎて戸惑ったかもしれない。

 ただ、60字程度に一般化して言い換え、まとめるのには多少時間がかかる。
*客の立場からではなく、行商人の立場から解答するのがポイント。

③ 行商人・・・得意客の確保や維持につながる
          販売枚数を稼げば、仕入れ先の仲卸商人から仕入れの順番や価格交渉にお 

       いて優遇される
                       ツケを緊急時に使用する「預金」/商売が不調の時に回収
        ↑
★この部分を一般化する。1行30字程度で書くことを勘案し、60字程度で解答を作成す

 る。
〈解答例〉
 掛け売りの容認は得意客の確保や維持につながり、販売数を稼いで仕入れ先から優遇され、ツケを緊急時の預金としてみなすこともできたから。(64字)

*参考  大手予備校の解答例
〈S校〉
 掛け売りは得意客の確保や維持につながり、売り上げを増大させて自身の信用を高め、ツケが緊急時に貯蓄のように機能するから。(58字)
〈K校〉
 後払いの容認が、余剰の現金を欠く者を得意客として確保し、販売数を稼ぐことで仕入れ字の優遇を図り、緊急時の備えになると行った利得を生むから。(68字)
〈T校〉
 得意客の確保や維持、支払時の商品購入の可能性、販売数増加に伴う仕入れ先からの優遇、商売不調時に回収する債権としての活用といった経済的利益があるから。(73字)


(二)「まだ返してもらっていないだけだ」(傍線部イ)とあるが、なぜそう主張でき

   るのか、説明せよ。(6点)
*第2意味段落(4~7段落)における理由説明問題。「彼ら」とは行商人のこと。
◆行商人の主張について述べている箇所を拾っていく。
④「相手に支払う気ないとわかると、しばらく放置し、機会があったときに訪ねてい

 く」
 ↓(原因)
⑤「行商人が帳簿をつけない」・・・解答要素(X)
   ↓
 「ツケを何ヶ月も放置する者に怒りもせず、不満も言わず、ただ許している」
 ↓
⑥「ツケは返してもらう」
 「今はその時ではない」
 「相手の時間的な余地を奪うのは難しい」」
 ↓
 「まだ返してもらっていないだけだ」
  ↓
⑦「掛け売り」=「市場交換」(A)と「贈与交換」(B)のセットで捉えている」
  ↓
  ツケ・・・商品やサービスの対価/支払うべき金銭的「負債」←返してもらう必要(A)    ツケを支払うまでの時間的猶予や機会・・・「贈与」したものなので、取り上げるには特

                    別な理由がいる
          →その機会をいつ返すかは与えられた側が決める  (B) 

                             ・・・解答要素(Y)
  ↓
*つまり、掛け売りとは「市場交換」(A)であると同時に、「贈与交換」(B)であ

 ると考えていることがわかる。
 行商人は(X)という事情で、(Y)と判断し、傍線部(イ)のように主張する、と考えられる。
 ↓
 行商人は商品やサービスの対価として支払ってもらう必要があると考える一方、彼らは帳簿を付けないので、支払うまでの機会は客に贈与したものであり、その機会をいつ返すかは客の側が決めると考えているから。(96字)
 ↓
*1行30字程度で書くことを勘案し、60字程度で解答を作成する。「贈与」という言葉

 は入れた方がよい。
〈解答例〉
 商品の対価を支払う必要が客にあると考える一方、帳簿もないので支払うまでの時間を客に贈与し、返済時期は客が決めるものと考えるから。(63字)

*参考  大手予備校の解答例
〈S校〉
 帳簿もなく支払う余裕ができるまで待つとする以上、長期の未返済を新葉の不履行ではなく返済できる状態にはないだけだと考えるから。(61字)
〈K校〉
 商品の対価を支払う責任が客にあるのはもちろんだが、いつ支払うのかの判断は客に任されているという了解が、売り手と買い手との間で共有されているから。(71字)
〈T校〉
 掛け売りでは、支払いの余裕が生じるまでの時間や機会は贈与されたもので容易に奪えず、支払期限は客が主観に基づき決定されるが、負債自体は存続するから。(72字)


(三)「生活全般の上では帳尻があっている」(傍線部ウ)とはどういうことか、説明

   せよ。(6点)
*第3意味段落(8~9段落)。傍線部内容説明問題。
*傍線部直前の前提条件
 「「商品代金の支払い」(A)は遂行されなくても、「時間や機会の贈与」(B)に

 何らかの返礼が遂行されるのだとしたら」
 ↑
*ここが解答の核になる。この部分を説明する。

*傍線部は第⑧段落で述べたことの繰り返しである。                                                 
 「「支払い猶予を与える契約」を「代金支払いの契約」と「時間・機会の贈与交換」 

 に分割して考えると」
  ↓
 「彼らの言動はつじつまがあい」「商売の次元とは異なる次元で帳尻があっている」
                                              =「生活全般の上
                                 

◆「商品代金の支払い」(=A)が遂行されないことの説明
⑧「支払期間を決めるのは借り手」/「借り手の主観に左右される期限」
     ↓
★つまり、貸し手にとって不利な取引上の不均衡、ということ ・・・解答要素(X)

◆「時間や機会の贈与」(=B)に何らかの返礼が遂行されることの説明
⑨「ツケを払っても客は、行商人に「借り」をもつかのように語ったりふるまったりす

  る」
  「ツケのお礼に自身の商売で行商人に掛け売りしてくれる」
     ↓
★つまり、借り手は貸し手に配慮し、貸し手が困窮した際には助けるという、贈与に対

 する返礼がある、ということ ・・・解答要素(Y)

◆「帳尻があう」・・・生活上はお互いに不利益を感じていない(←「生じない」ではな

 い)、ということ ・・・解答要素(Z)
  ↓
*(X)(Y)(Z)をまとめる。
  たとえ貸し手にとって不利な取引上の不均衡が生じたとしても、借り手は貸し手に配慮し、貸し手が困窮した際には助けるという、贈与に対する返礼があり、生活上はお互いに不利益を感じていないということ。(94字)
  ↓
*表現を整え、さらに一般化し、1行30字程度で書くことを勘案し、60字程度で解答を

 作成する。
 「(A)は生じても、(B)によって不均衡は感じない」という着地にするとよい。
〈解答例〉
 商取引上の不均衡が生じても、相手に配慮し、困窮したら相手を助けるという贈与に対する返礼がなされ、生活上は両者が不利益を感じないこと。(65字)

*参考  大手予備校の解答例
〈S校〉
 掛け売りは、相手に支払うまでの時間的猶予を贈与したという意味を持ち、支払い以外で贈与に対する支払いがなされるということ。(59字)
〈K校〉
 支払いによる商取引上の不均衡があっても、相手に配慮を示されたら返礼し、困窮しているときには助け合うことで人々の生は営まれているということ。(68字)
〈T校〉
 掛け売りは代金支払い契約と猶予される時間や機会の贈与に区分され、後者への返礼がなされて贈与交換が成立すると、互いが不利益を感じない状況が現出するということ。(77字)


(四)「この余韻が商交渉の帳尻をあわせる失敗を時間や機会の贈与交換に回収させる 

   ステップになる」(傍線部エ)とあるが、筆者はどのようなことを言っているの

    か、本文全体の趣旨を踏まえて、100字以上120字以内で説明せよ。(16点)
*第4意味段落(10段落)と全体の趣旨を踏まえて、傍線部に至る展開を説明する。
*時間がない((四)の解答時間は20分程度が目安)中で、これまでの設問の解答を利

 用するとよい。
*解答の方向は、傍線部までに述べられている「掛け売り」に関する「贈与交換」の内

 容にふれ、最後に傍線部の説明で着地 する。さらに、線部の次の行の「二者間の基

 盤的コミュニズムを胚胎させる」も反映させる。

(1)「掛け売り」・・・代金の支払いを猶予する商取引の一種で、困窮した客が返済時

           期を決めるという不均衡が生じることがある
(2)「贈与交換」・・・支払うまでの時間を客に贈与し、返済時期は客が決めるものと

           考えること。
                                相手に配慮し、困窮したら相手を助けるという贈与に対する返礼

                                      がなされる。
(3)「この余韻」の説明・・・
     掛け売りが代金支払いの契約と同時に「贈与交換」を含むという了解は、彼ら自身が交渉の過程において共同で生み出している
     行商人・・・「私は駆け引きに負けたかもしれないが、それは相手を助けたのかもしれ

                      ない」
                     「商売上では判断を誤ったが、事情を汲んでできる限りのことをした」
     客・・・「私は駆け引きに勝ったかもしれないが、それは相手に助けてもらったのかも

              しれない」
              「うまくやったかもしれないが、事情を汲んでくれた」
      ↓
    売り手と買い手がお互いの事情を勘案して、騙したり騙されたりした振りをして相互扶助を行っている、ということ。
(4)「商交渉の帳尻をあわせる失敗」・・・市場交換における不均衡のこと
(5)「時間や機会の贈与交換に回収させる」・・・支払いの猶予を与えた贈与への返礼

                       がなされること。
(6)「この余韻がステップになる」・・・

   商取引における相互扶助の精神が市場交換の不均衡を解消し、共に支え合う共同 

   体を成立させる手段となる。
           ↑
    ※ここが着地点。
   ↓
*(1)~(6)をまとめる。
 掛け売りは売り手が代金の支払いを猶予する商取引の一種で、客が返済時期を決める不均衡が生じるが、相手に配慮し、時には助けるという贈与に対する返礼がなされるように、双方がお互いの事情を勘案して商取引を行う相互扶助の精神が、市場交換の不均衡を解消し、共に支え合う共同体を成立させる手段となるということ。(147字)
 ↓
*表現を整え、120字に圧縮する。この程度でよいのではないか。
〈解答例〉
 掛け売りは売り手が支払いを猶予し、客が返済時期を決める不均衡が生じるが、相手に配慮し、時には助けるという贈与と返礼の交歓がなされ、相手の事情を勘案する相互扶助の精神が、市場交換の不均衡を解消し、お互いに支え合う共同体を成立させるということ。

*参考  大手予備校の解答例
〈S校〉
 掛け売りの交渉において、騙し騙されながらも互いに助け合っているという感触を持つことが、市場交換としては非合理な不均衡を互いに生活を立て直す時間を与え合うことへと変換し、困難を抱える人間が共に支え合って生きることを可能にしているということ。
〈K校〉
 掛け売りは商取引の一種だが、相手の訴える困窮に応じてツケを設定する際に助けた・助けられたという感覚を抱くことで、代金が回収できなくても、支払いの猶予を相手に与えたことへの返礼が得られればよいと納得でき、そこに相互扶助の気風が醸成されること。
〈T校〉
 客と行商人が相互に自身の困難を訴え合う掛け売りの交渉において、勝者には相手に助けられた、敗者には相手を助けたという思いが残ることで、ツケの取り立ての不能は、支払い猶予とそれに対して返礼を行う贈与交換の関係の成立へと昇華されていくということ。
 
(五)6点
 a 曖昧  b 憤  c   拘泥
  ↑
*2024年度の漢字の問題は難しかった。