「天晴」塾~大学受験国語~

主に国立難関大学の国語の入試問題を解説します

2023年度京都大学国語第2問(文系問題)「数学する身体」

2023年度 京都大学 文系第二問 森田真生「数学する身体」(文系50点)

本文解説

 数学の理論の獲得や芭蕉の俳句に関する岡潔の文章を引用しつつ、数学的思考は記号化された計算を最も主要な手段とするが、その大部分は非記号的な、身体のレベルで行われていると述べている。

 数学的思考では身体化された思考過程そのものの精度を上げることが必要であり、岡潔の数学研究は自己研究の段階に入った、と結論づけている。

★「数学的思考」「自然」「人間の認知」「芭蕉の境地」を(A)グループ、「記号的 

 な計算」を(B)と分類して読む。

第一意味段落(①~④)
岡潔の言葉「ものが非常に見やすくなった」・・・第三の発見
 ↑
③傍線部1「情操型の発見」(A0)

 =下から地道に積み上げていくうちに視界が開けるようなわかり方
 ↓
④自己(岡潔)の深い変容/数学的風景の相貌が変わり、以前にはわからなかったこと 

 がわかるようになる(A0)
 自己変容の過程そのものが、彼(岡潔)の心を「わかった」状態へと導いた(A0)

 ⇔「インスピレーション型の発見」/数学者による計算、証明/紙と鉛筆を使った計 

  算や証明(B)

第二意味段落(⑤~⑩)
岡潔の講義
⑥「小川の水滴の描く流線や速度は、自然法則によって決定されている」(A2)

 ⇔「水滴の運動を人間が計算」(B)→非線形偏微分方程式を解く必要
                  ・・・現実的な時間内で解くことは困難

 ⇔「にもかかわらず、小川の水は流れている」(A)

   ←傍線部2「これはいかにも不思議
   =自然界では自然法則によって現実が瞬時に実現している
⑦自然(A2)⇔「計算」(B)

 効率的に結果を出す ⇔ 人間やコンピュータによる「計算」
             紙と鉛筆を使った「計算」

             ・・・紙や鉛筆の持つ物理的な性質に依存
               ↓
                自然現象の安定性に支えられている
 常に膨大な計算の可能性が潜在 ⇔ 自然現象を目的に沿って部分的に切り出すことで

                  成り立つ
⑧実際にボールを投げる ⇔ ボールを投げたときの軌道を計算
  ↓
 自然環境そのものが潤沢な「計算資源」の役割を果たす ⇔ 計算機
⑨人間の認知(A1) ⇔ 記号的な計算(B)
 身体と環境の間を行き交うプロセス
 判断や行為が瞬時になされる ⇔ 記号化された計算によっては到底追いつかない
 「身体化」された、非記号的な認知
 =数学的思考もまた、この例外ではない・・・傍線部3(A1)
 ↓
⑩大部分は非記号的な、身体のレベルで行われている ⇔ 記号的な計算
 身体化された思考過程の精度を上げる=「境地」を進めることが必要

第三意味段落(⑪~⑲)
 芭蕉の境地(A3)
芭蕉が句境を把握する速度は迅速
芭蕉の句・・・生きた自然の一片がそのままとらえられている
 ↓
⑬傍線部4ほろほろと山吹散るか滝の音
  ↑
 「無障害の生きた自然を流れる速い意識を、手早くとらえて、識域下に正確な映像を 

  結んだ」(A3)
⑭「芭蕉の全生涯を挙げて「黄金を打ちのべたように」導出される」
  ↑
 その計算速度は電光石火の如し
芭蕉の意識の流れが常人より遙かに速い
 ・・・彼の境地が「自他の別」「時空の框」を超えている/そうした区別にとらわれな 

    い(A3)
  ↓
 自然の意識が「無障害」のまま流れ込んでくる
  ↓
⑯生きた自然の一片をとらえてそれをそのまま五・七・五の句形に結晶させる
 →優れた「計算手続き」/芭蕉の境地において、芭蕉の生涯が生きられることによっ

  てのみ導出可能(A3)
  ↓
⑰数学的自然(A)の一片をとらえて、その「光いまだ消えざるうちにいいとむ」
  ↑
 数学者もまた、それ相応の境地に至る必要/境地が進まなければできない数学
  ↓
岡潔「数学研究カラ自己研究ニ入ツタノデアル」
  ↓
⑲自己研究の段階・・・傍線部5「数学研究が則ち自己研究なのである」(A)

◎設問解説
 問一 3行(10点)

★内容説明。傍線部を含む一文から、主体が岡潔であることをおさえ、岡の引用文、傍 

 線を含む段落、さらにその次の段落の内容(A0)を「計算や証明」(B)と対比さ

 せながらまとめる。
★「情操」なのだから、対立概念は「知識・計算」ということになる。
岡潔の言葉「ものが非常に見やすくなった」
  ↑
③傍線部1「情操型の発見」(A0)
④自己(岡潔)の深い変容/数学的風景の相貌が変わり、以前にはわからなかったこと  

 がわかるようになる(A0)
 自己変容の過程そのものが、彼(岡潔)の心を「わかった」状態へと導いた(A0)

 ⇔「インスピレーション型の発見」/数学者による計算、証明/紙と鉛筆を使った計

  算や証明(B)
 ↓
★これらの②③④段落の内容をまとめると
 それまでの計算や証明では理解できなかった数学的事象が、岡潔自身が深く変容することで、突然のひらめきではなく自己変容の過程に従ってまったく違った様相が現れ、わかったという心の状態が自ずと生じるということ。
 ↓
★一行25字程度、3行ということを勘案し、80字前後で解答を作成する。(「この程度

 で充分」的な解答を掲載します)

解答例
 それまで計算や証明では理解できなかった数学が、突然のひらめきではなく岡自身が深く変容する過程において新たな様相が現れ、わかったという心の状態が自ずと生じること。(79字)


問二 3行(10点)

★理由説明。傍線部「これ」の指示内容は、直接にはであるが、これを一般的表現に改

 める。

 傍線部を含む⑥段落にある「にもかかわらず」に注意して(B)との対比を整理しつ 

 つ、さらに「いかにも不思議である」という主観の理由として、「驚くべきことだ」

 などと結ぶ。
★「これ」の考え方
⑥「小川の水滴の描く流線や速度は、自然法則によって決定されている」(A2)
「水滴の運動を人間が計算」(B)・・・現実的な時間内で解くことは困難
「にもかかわらず、小川の水は流れている」(A)
  =「これ」=自然界では自然法則によって現実が瞬時に実現している
★「いかにも不思議」の処理
  →「不思議」なのは、驚くべきことと思われたから、と考える。
  ↓
★これらをまとめると、
 自然法則によって決定されている現象は、現実的な時間内で解き明かすことは不可能であるが、自然はそうした計算とは無関係に現実が瞬時に実現していることは驚くべきことと思われたから。
  ↓
★一行25字程度、三行ということを勘案し、80字前後で解答を作成する。(「この程 

 度で充分」的な解答を掲載しました。)

解答例
 自然法則によって決定されている現象は、現実的な時間内で計算し解明することは不可能であるが、自然界では現実が瞬時に実現していることは驚くべきことと思われたから。(78字)

 

問三 3行(10点)

★内容説明。傍線部の主題「数学的思考」(A1)について、「この」の指示内容に注

 目する。

 記号的な計算(B)と非記号的な認知(A1)の違いを軸に、傍線部を含む⑨段落と

 ⑦段落の内容をまとめる。
★解答の方向(大枠)
 「数学的思考(A1)は、記号的な計算(B)とは異なり(を超えて)、(A1)であるということ。」
★「この」の指示内容・・・⑨「すべては「身体化」された、非記号的な認知の成せる 

 業」=数学的思考(A1)
★記号的計算(B)・・・⑦「自然現象を目的に沿って部分的に切り出すこと」
★非記号的な認知(A1)・・・⑨「身体と環境の間を行き交うプロセス」/「判断や行

 為が瞬時になされる」
 ↓
★この3つをまとめる。(これも「この程度でいいよ」的な解答です。)
解答例
 数学的思考は、自然現象を目的に沿って部分的に切り出す記号的な計算に留まらず、環境と行き交う人間の身体に自ずから宿る、非記号的で瞬間的な認知によるものであるということ。(82字)

 

問四 3行(10点)

★(A3)の内容説明。傍線部のような句ができる過程を説明する。

 ⑯段落に「芭蕉の句は、芭蕉の境地において、芭蕉の境地において、芭蕉の生涯が生 

 きられることによってのみ導出可能な何かである」とあることに注目し、「境地」 

 「生涯が生きられる」という内容を整理する。
★「芭蕉の境地」・・・
 ⑬「無障害の生きた自然を流れる速い意識を、手早くとらえて、識域下に正確な映像 

  を結んだ」(A3)
 ⑮「意識の流れが常人より遙かに速い」/「「自他の別」「時空の框」を超えてい

  る」/「そうした区別にとらわれない」/「自然の意識が「無障害」のまま流れ込

  んでくる」(A3)
    ↓

  「自他や時空の区別を超越した、自然を瞬時にとらえる意識」・・・解答要素(1)
★「生涯が生きられる」・・・
 ⑫「生きた自然の一片がそのままとらえられている」
 ⑬「芭蕉の全生涯を挙げて「黄金を打ちのべたように」導出される」
 ⑭「自然の意識が「無障害」のまま流れ込んでくる」
    ↓
  「自然そのものの境地を生きる芭蕉の意識に瞬時に何の抵抗もなく流れ込み導出さ

   れる」・・・解答要素(2)
★体裁を整え、これらをまとめる。

 (「この程度でいいよ」的な解答だが、まとめるのがやや難しい。)
解答例
 自然の瞬時の流れを、自他や時間や空間の区別にとらわれず、自然そのものの境地を生きる芭蕉の意識に抵抗なくそのまま瞬時に流れ込み、それが句境として導出された。(76字)

問五 4行(10点)

★本文全体を踏まえた(A)の内容説明。

 傍線部直前に「岡の数学研究は、いよいよ自己研究の段階に入ったのだ。とある
 ことに注目する。

 通常の数学研究(B)について説明した上で、自己研究(A)と言いうる数学研究の 

 あり方をまとめる。
 記号的な計算(B)と非記号的な認知(A1)の」対比を意識して本文の内容を整理 

 する。」
★解答の方針・大枠・・・
 「岡の数学研究は、(B)だけにとどまらず(段階を踏みながらも)、(A)である 

  ということ。」
  ↓(解答作成の流れ)
★岡の数学研究(A)
 ⑨「「身体化」された、非記号的な認知」/「身体と環境の間を行き交うプロセス」 

  /「判断や行為が瞬時になされる」・・・(1)
★岡の「自己研究」(A0)
 ①「ものが非常に見やすくなった」(A0)
 ④自己変容の過程そのものが、彼(岡潔)の心を「わかった」状態へと導いた

  (A0)・・・(3)
★記号的な計算(B)
 ⑦「自然現象を目的に沿って部分的に切り出すこと」・・・(2)
  ↓
★(2)→(1)→(3)の順で解答する。(4行なので100字程度。「この程度書けれ 

 ば充分」的な解答です。)

解答例
 数学研究は、自然現象を目的に沿って部分的に切り出す記号的な計算だけにとどまらず、環境と行き交う人間の身体に自ずから宿る、非記号的で瞬間的な認知の精度を高めることによって、わかったという自己変容へ導くということ。
(104字)

*京大の問五は例年、問一~問四の連結によって、解答できるようになっている。